高度と見通し距離に関する研究レポート

工学修士 西北関東総合研究所所長 なぎー

概要

オーストラリア在住の功坂亮さんからの依頼による共同研究。
本稿では地上のある地点において、ある高度よりの見通し距離を地球の丸みを考慮して導出する手法について論じる。
また、成果物として、簡単なツールではあるが、高度を入力することで見通し距離を出すことのできるExcelファイルを公開する。

はじめに

あれは、ある晴れた日のことだった。
研究所の電話の着信音が鳴り響く。Skypeにて着信していた。
ヘッドホンを装着し、通話開始をする。
「依頼したいことがある」
と。
「話を聞こうか?」
電話の向こうにそう告げると、依頼人は静かに語りだした。

「物理の問題かどうか、わからないんだけど。」
依頼人はそう切り出す。
船から信号弾を上げる。その信号弾がどのくらい遠くから見えるか。
そういう問題だった。

その場合には、信号弾打ち上げの初速度、空気抵抗、角度により到達高度が決まる(暗黙の了解として、地球上とする。また重力は当然高度が上がると弱くなるが、影響を受けるほどの高度には到達しないだろう。打ち上げ角度は感覚的にも真上に打ち上げた方が高度が稼げる分遠くから見えると思われる)。
「いかにも、物理の問題であり、到達高度を計算しないとならない」
そう答える。

しかし、なんと信号弾の高度、地球の半径等は既に問題でそれぞれ300m、6400Kmとして与えられているとのことだ。
そうなると物理よりもむしろ幾何的な問題となる。
この問題をいかに料理するか。
脳細胞が静かに活動し始めた。

図形化

このような問題において、感覚的方法ながら、図形化するのは全体のイメージをつかみ、解法を考える上で有意である。
円を書き、その一部から円の外に棒を突き出す。
円を地球に見立て、円から飛び出した棒の先端が300m分の高度ということだ。
300mの高度にあるものが見える、ということは逆に300mの高さから見えるということである(この場合は物体の大きさは問わない。見通せればよい)。
この時、見通しできる範囲は棒の先端から円におろした接線の内側ということになる(図1)


図1.300mの棒から地球に降ろした接線(棒の高さは誇張してあります)

ここで、接線が地球に接触する点。ここまでが見通し範囲になるわけだが、ここから地球の中心にまっすぐに棒を垂らすと、この接線と直交する。
また、地上300mの地点は当然地面から鉛直方向に垂線を立てているわけだから、この延長線は地球の中心に到達する。
したがって地球の中心、見通し範囲の限界点、地上300mの点をそれぞれ頂点とする直角三角形が形成される(図2)


図2.直角三角形の形成

三平方の定理の適用

ここで、求めたい長さは図に示したx’という弧である。しかし、hは地球の半径rに比べればあまりに小さいためにθは非常に小さい値となる。
そのため、x’というのは、直角三角形の高さxと非常に近いという近似ができる。
直角三角形の斜辺と底辺の長さはそれぞれh+rとrでわかっているので、三平方の定理を適用することにより、下記の式が成立する。

実際の数字を当てはめて計算したものを付録のEarth.xlsで見ていただければわかるが、約61968である。およそ62Kmくらい離れた地点からこの信号弾を確認することができる。

逆三角関数の応用

一方、上記の近似はhがrにくらべて十分小さい時には成立するが、hが大きくなると(例えば衛星軌道など)成り立たなくなる。
この場合には、なす角θを逆三角関数で求め、その角度から円弧の長さx’を求めることで正確な値が求まる。
※上記の場合こうやって求めた値が約61966であり、0.0003%程度の誤差に収まっているので十分近似は成立している。

良く使う逆三角関数としてアークタンジェントがある。
この場合、下記の式が成り立つ。

また、あまり使わない関数だが、アークコサインを使えばxを求めることなく、直接θを求めることができる。

θが求まれば、半径rがわかっているので、x’はすぐに求めることができる。

考察

この逆三角関数の応用において述べた方法では、rに比べて大きいhを持つ観測者からの見通し距離を求めることもできる。
ここで、静止軌道と、正確な地球の半径の値を代入した場合の角度θを示す。
θ(deg)=81.299
したがって、静止軌道からは緯度81度以上の高緯度地域はカバーすることができない。
そのためにロシアなどはモルニア軌道という高緯度に遠日点が来る(長く頭上に滞在する)軌道の通信衛星が必要となるわけだ。

一方、レーダーなどでも地球の丸みを越えて見ることはできないので高い位置にレーダを作る必要があるが、電波は地球の丸みに沿って曲がるために、実際には幾何的な地平線よりも遠くに到達する。
日本財団の「船舶電気装備技術講座(レーダー、機器保守整備編)」に示された数式に当てはめると、300mの高さからの場合約71Kmになり、確かに見通し距離の62Kmよりも遠くに届いている。

ところで、OTH(Over The Horzon)レーダーというのはまったく異なり、ラジオの短波放送みたいなものである。つまり、短波を電離層に向けて発射し、一度跳ねかえった電波を目標物に当てて観測するという原理になる。これは見通し距離とは関係ない。

ちなみに、大和の15.5m測距儀は約38mの高さにあった。高さ38mからの幾何的見通し距離は約22Km。
ん?主砲の射程の42Km(42030mといわれています)に足りない・・・(汗
とはいったものも、実際には相手の戦艦にも高さがあるわけだから、もっと遠くからでも発見できるはず(敵艦の艦橋の高さ30mとすると+19Kmで確かに約40Km遠方から艦橋の最上部が見通せる)。
また、距離42Kmで主砲を撃っても当たらない(この距離で撃つと着弾散布1Kmくらいだったらしい)。上記計算も単に理論上見通せるだけで、本当に点のように見えるかみえないかくらいだろう。
敵の砲弾の届かない距離からアウトレンジ攻撃というのは幻想で、20Km程度に引き寄せて必殺の46サンチ主砲を打ち込む予定だったわけだから、そんなに遠くまで狙いをつける必要はなかったであろう。

おわりに

本稿では、地球を球とした場合の、ある高さからの見通し距離を求める方法と理論について考察し、実際の計算を行った。
また、成果物として付録1のように、Excelを使用し、hの値を変化させることにより、その高度hからの見通し距離を簡単に求めることができるツールを作成した。
実際の見通し距離は空気による屈折により光路が地球側にわずかに湾曲することにより、幾何的な見通し距離より長い(電磁波領域においてはさらに顕著である)が、幾何的な見通し距離を求める方法は基本であり、この考え方は無駄にはならないと信じる。

付録

計算用Excelシート(Microsoft Excel 2000形式:17Kbytes)
使用方法 B3セルに高度(m単位)を入力することにより、水平線への直線距離XをB13セルに求めることができる。また円弧x’(地球上での距離)もB18セルに求まる。

改定履歴

2006年5月3日 初版

研究一覧に戻る